遊慈のEasy Life

『不如帰』天下統一への道-その二十

 さて、記念すべき20人目のプレイ大名は、海道一の弓取・今川義元です!…なぜ?不如帰中では畠山義綱と並んでグラフィックが酷いので、敬遠する人も多そうですね。
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 海道一の弓取と言う異名は、東海一の弓取と同じと思われ、「東海道一の弓取」と言うことだと思われます。この異名はその後、徳川家康に受け継がれたみたいですね。



 さて、今川義元の能力値は(作2・戦1・政4)となっております。この評価は、かの有名な「桶狭間の戦い」で、無様に討たれてしまった評価が響いているのだと思います。

 実際の義元は、戦場で織田信秀と互角に争い、内政や外交にも手腕を発揮した優れた人物なので、個人的評価は(作3~4・戦3~4・政5)辺りでも良かったと思われます。

 義元所有の駿河は最高石高が102万石と高いので、(作5・戦0・政5)と設定しました。収入が多ければ、それだけ家臣も多く召し抱えられますのでね。

 今川家の家臣団ですが、一応一人だけおりまして…

・今川氏真(作0・戦0・政1)義元の嫡男。今川家滅亡後、天下人家康の庇護を受ける。

 …こりゃ、使えないな。実際には内政面ではそれなりの業績を残しているので、政治は3位でも良かったかな。義元没後、九年でのお家滅亡は長かったのか短かったのか。

 今川家の家臣では、徳川家康も師事したと言う太原雪斎(1555年没)が居ても良かったですね。後は、朝比奈親子、岡部兄弟辺りがそれなりに名のある武将ですかね。

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 攻略の方ですが、今回のプレイでは初年度にちょっとズルをしちゃいまして、リセットをすること3回…従属していた徳川家を取り潰しちゃいました!

 駿河の周りは正直強敵だらけでして、東に北条家、北に武田家と接しておりますので、ここで三河の徳川家康に上洛を抑えられると、本当に八方ふさがりなモノでして。

 とは言え、これによって東方面は信長と道三に接するだけで、そんなに大きな進歩も無いんですけど。そんな訳で、桶狭間を目指して上洛開始と行きます。

 さて、早速返り討ちにならない様に慎重に尾張攻略を目指す最中、1556年には、徳川家康(作6・戦5・政6)、真田昌幸(作6・戦6・政5)を立て続けに家臣団に迎えました。

 家康にとっては天敵とも言える昌幸を両翼に据える事が出来たのは、正に圧巻ですな。

 史実では1560年に起こった桶狭間の戦いを迎えることなく、1559年には何とか尾張を攻略出来ました。家康&昌幸を敵に迎えて、信長はよく5年近くも耐えたと思います。

 尾張を攻略するとその後の侵攻も楽々で、翌1560年には伊勢を攻略。1561年には明智光秀(作4・戦5・政6)を家臣に加えつつ、大和を攻略致しました。

 更に一年ごとに紀伊・和泉と攻略し、1566年には念願の上洛を果たす事が出来ました。

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 駿河の防衛は義元&氏真(討死狙い)に任せ、残りの三人で四国を制圧していきます。この制圧戦の最中に、斉藤利三(作5・戦4・政3)を家臣に迎える事が出来ました。

 中国地方に矛先を向けたところで、氏真を伊予に置き防衛を任せていると、狙い通り大友家が攻めてきて「らくじょう!」1573年、ようやく氏真とお別れを致しました。

 その後はあまり良い武将も現れなかったので、結局家臣団4人で進めていきました。家臣団が少ないと、政略で相手の兵力を計れるメリットも出来ますしね。

 西日本には大きな勢力も現れなかったので、1577年にこの方面の制圧は完了。

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 東日本の方は、駿河より北のラインが群雄割拠になっておりまして、義元の義兄弟でもある北条氏康が関東地方の5ヶ国を抑えておりました。

 同じく義元の義兄である信玄は、氏康に押さえ込まれた形で2ヶ国のみでした。

 他には上杉と伊達が共に3ヶ国と、大名自体の数が少なかった事もあり勧告が有効に活かせて、1580年に天下統一を成し遂げる事が出来ました。

 初年度に徳川家を取り潰さなかったら、その後の展開はもっと苦しいモノでしたね。

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○まとめ
・1580年統→2年後幕府開く→352年幕府続く(西暦1934年まで)
・最終的な家臣団
 徳川家康(作6・戦5・政6)、真田昌幸(作6・戦6・政5)、明智光秀(作4・戦5・政6)
 斉藤利三(作5・戦4・政3)
○蛇足
・父氏親の定めた「今川仮名目録」33ヶ条に対し、更に21ヶ条を追加した。
・武田氏と北条氏と互いに婚姻関係を結んで、甲相駿三国同盟を結成した。世に言う「全徳寺の会盟」。これにより駿河・遠江・三河の三国を領し、今川家の全盛期を築いた。
・朝倉宗滴は『朝倉宗滴話記(宗滴が語った言葉を家臣がまとめたとされる書)』の中で、「国持、人つかひの上手。よき手本と申すべく人」と評している。
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by nekonekokoara | 2010-11-10 19:57 | 歴史小説
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