遊慈のEasy Life

『不如帰』天下統一への道-その三十九

 少し間が空いてしまいましたが、本日のプレイは薩摩の英主「島津貴久」です。

 島津家は、「島津に暗君なし」や「鬼島津(鬼石曼子)」で歴史好きな人には『超』が付く程の有名所ですが、一般的にはどのくらい知られているんですかね。
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 私の嫁さんは大分の人間ですが、島津家どころか地元の大友宗麟も知りませんでした。

 流石に、福沢諭吉が豊後(大分)中津の出身である事は知っていましたが、やっぱり歴史は本人に興味が無いとなかなか覚えたりしないみたいですね。



 さて、島津「中興の祖」貴久の設定値は(作5・戦5・政5)と、実は魅力を含めてオール5の能力になっております!グラフィックは好々爺なのに、流石に「島津の英主」ですな。

 しかし、そんな能力値はプレイに関係無いので、(作3・戦0・政7)と設定しました。

 後述しますが、島津家は家臣団(息子)がバランスよく優秀なので、大名は政治力を高めとした方が序盤の攻略が楽になると思いまして。

 そんな島津家家臣団の面々は…

・島津義久(作5・戦4・政5)家康に「楠木正成に匹敵する采配をする大将」と感嘆された。
・島津義弘(作5・戦6・政3)朝鮮の役での活躍で、通称「鬼島津」と恐れられた勇将。

 三男歳久と四男家久はいませんが、貴久の長男&次男が堂々たる数値を誇っています。

 バランス的には毛利家に似ておりますが、あちらは輝元の存在で大事な家臣枠が1つ埋まってしまっているので、「不如帰」では島津家の初期状態が1番優れていると思います。

 と言うか、地の利から見ても最高石高84万石で最南端。更に九州は全ての国の石高が高く、コレを制圧すると豊後に兵を置くだけで防衛も完璧と、初心者向けの大名家ですね。

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 さて、そんな感じでようやく攻略プレイの開始です。

 定番では、肥後の阿蘇家攻略がセオリーだと思いますが、城塞値が28と九州で一番高い割に石高が低くあまりメリットが無いと感じたので、矛先を豊後大友家としました。

 とは言え、大友家には立花道雪(作6・戦4・政5)がいるのが厄介なので、政略時に試しに引き抜きを掛けてみると、2回目(俸禄9)でアッサリと家臣団に加わってくれました!

 初年度の引き抜きでは俸禄は間違いなく低いので(道雪は1)、割と有効な手なのかも。

 道雪を失った大友家は最早敵では無いのですが、豊後の城塞値20を落とすには翌1556年まで掛かりました。同年、龍造寺に攻められ弱体化していた肥後の阿蘇家も攻略。

 1557年には真田昌幸(作6・戦6・政5)を家臣に迎え、肥前龍造寺家との戦いに。龍造寺隆信は「作戦・戦闘」こそ強いですが、政治力がザルなのが痛いですね。

 とは言え、城塞値24は堅く、1558年にコレを攻略。更に同年、大名の能力値&城塞値が低い大内家に攻め入りコレを攻略すると、ここで早くも石高400万石越えとなりました。

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 長門にはバランス型の義久を置き、1559年からは四国に侵攻を開始。

 同年、最後の家臣枠に竹中半兵衛(作7・戦2・政5)を迎えます。まだ力攻め出来る国力は無いですが、作戦能力が最高の半兵衛は、「挟み撃ち」の別働隊に重宝しますね。

 そんな訳で、野戦にも万全を期して、破竹の勢いで進撃を開始します。

 1559年に伊予を、同年中国地方に返して、弱っていた出雲の尼子家を攻略。1560年には讃岐、1561年には四国での一番の強敵である土佐の長宗我部家を攻略。

 更に1562年には、鉄砲の安い和泉→山城→大和を攻略致しました。この辺りから力攻めも可能になってくるので、1563年に近江で浅井家を壊滅し、同時に伊勢も攻略。

 1564年に一気に安芸毛利家を攻略し、翌年には備前宇喜多家と紀伊雑賀家を攻略。

 ここで、中国地方まで何故か勢力を伸ばしていたのが朝倉家で、本国の越前の他に但馬&播磨&丹波の計4ヶ国を治めておりました。

 しかし大名の能力が低い朝倉家は敵ではないので、1566年コレを一気に壊滅(笑)。

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 後は、東日本で武田家が3ヶ国を制していたくらいで大勢力は出ませんでした。

 今回の攻略プレイでは何故か勧告が一切受け入れてもらえず、全大名を攻略していきました。これだけ遊んでいて、効率の良い勧告の仕方って言うのが未だによく解りませんわ。

 とは言え、おそらく最速クリアとなる1572年に天下を統一。とにかく「地の利」「人の和」は初めからあるので、後は「天の時(勧告など)」をどれだけ掴めるかですね。

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○まとめ
・1572年統一→2年後幕府開く→386年幕府続く(西暦1960年まで)
・最終的な家臣団
 島津義久(作5・戦4・政5)、島津義弘(作5・戦6・政3)、立花道雪(作6・戦4・政5)
 真田昌幸(作6・戦6・政5)、竹中半兵衛(作7・戦2・政5)

○蛇足
・貴久の父・忠良は、「義久は三州の総大将たるの材徳自ら備わり、義弘は雄武英略を以て傑出し、歳久は始終の利害を察するの智計並びなく、家久は軍法戦術に妙を得たり」と、
兄弟それぞれの個性を見抜いた評価をしていた。
・薩摩藩初代藩主は、貴久の孫・忠恒(義弘の三男)ですが、貴久の父・忠良(日新斎)からが「中興の祖」として島津家の基盤を創ったと言えますね。
・「島津に暗君なし」との言葉通り、薩摩藩は多くの名君を輩出しています。
・特に有名なのは、「幕末の四賢侯」と言われる『島津斉彬』でしょうね。その後を継いだ形になった『島津久光(藩主の後見役)』は、西郷隆盛にしてやられていましたけども。
・島津家の家臣としては、天正期の九州の事柄を記した「上井覚兼日記」の同人・上井覚兼が有名ですね。後は、勢力増大を恐れて誅殺された伊集院家(忠棟)などかなぁ。
・君主が優秀で、戦国期の島津家家臣団が今一つパッとしないのは辛いところですね。
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by nekonekokoara | 2011-12-02 20:00 | 歴史小説
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